三連休の中日で

約2年ぶりの仕事をして、初めての休日になった。かなり疲れた。

昨日の土曜日は早朝から娘が孫と来て、11時半に一緒に足利市駅に息子を迎えに行った。彼岸に帰れなかったという事で、墓参りだけをして、家にも寄らずに新桐生駅から帰っていった。あまり話す事も出来ず、あっという間の出来事という感じ。たまたま埼玉に出張に来たらしい。

大阪暮らしに慣れてきて、もうこちらには戻る事もないのかと寂しい気持ちもするが、男なら仕方ない、新天地を目指す事も大事な事だ。それでも娘の話では、少しは親の事も心配してるらしく、関東への転勤願いも出してるそうだ。東京や埼玉では、確かに関東とは言っても、関西よりも近いだろうが、どうなのかな。一番自分の力の出せる、働きたい場所にいるのが良い。家は動かない。

残された父親が心配とは言え、何も出来る事はないだろう。親は静かに去るだけで、一度巣立った子供は自力で自分の住み家を築かなければならないと思う。親にかまう事はない。母親のように、自分の一生を無駄にする事はない。男の子というモノは、仕方ないのかも知れないが、話しが少なくて実に寂しい。ただ、けっこうな収入もあり、仕事自体も嫌いではないようなので、安心はするが、とにかく言葉が少ない。

今日は朝早くから孫が起き出し、買い物に連れ出して遊ばせたが、本当に疲れる。娘は大分腹が前に突き出してきて、チータンを生んだ頃の大きさに成ったと言ってた。大きすぎて疲れるらしく、実家に帰って休むのだけが楽しみだそうで、そう言われてしまうと無碍に帰って欲しいとも言えない。

夕べはうどん鍋を作ったが、今夜は何を作ろうか、一人暮らしとは違い悩んでしまう。妊婦の栄養と子供の食事、それぞれの好き嫌いもあるので。そんな事を悩むのも、疲れるとは思いながらも自分の家庭という温かさを感じられる。明日の朝には帰ってしまう。充分に休める環境にしなくては。

歳を取ったと感じる。二人の子供達が親の事を心配してくれてるとは。夕べも、布団の中で涙が出て止まらなかった。こうして静かに歳をとり、少しずつ衰えて、からの自由も効かなくなり、横に成って死んでしまうのだろう。希望としては、誰の目にもとまらずに、二人の子供達にも立ち会ってもらう事もなく、自宅で静かに去っていきたい。もう充分に生きたと思う。これ以上の望みはない。

カテゴリー: 日々の生活で パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です